blog名の由来と28号の由来

私のblog名は、「この年齢の人間がこんなことを考えている」という意味でつけています。

故に、昨日までは「27考」。
今日からは「28考」。

年齢を明らかにしているのは、
年上の方へは「こんなことを考えています。ご指導お願いします。」ということで、
ほぼ同年齢に対しては「おれはこんなことを考えてる。おまえはどうよ?」ということで
年下に対しては「本当にその理解は合っているのか?」という意味です。

私自身が、若い頃は視野が狭く、しかし、それに気づいていない為に
自分の知っている世界、自分の理解が全てだと思っていました。

それで、何を読んでも、誰の言葉を聞いても、自分の中の世界観に無理矢理あてはめ
こう言ってるけれど、本心はこうだろう。とか、それはこういう情動から発せられているのだろう。
全てはこういうことなのだろうと、分かった気になっておりました。

しかし、それでは、何を見ても何を聞いても何を読んでも、
自分の世界を濃くしているだけで、世界は全く大きく広がっていってはいません。

自分自身がそうであったため、そうした人に触れる度に、ああ、もったいないと思うのです。

故に、「本当にこの理解で合っているのか?」と、見直す機会を与えたいのです。


以前、次元という記事で

ある物事に対しての思考の次元は、「知能指数 × それに対して考えていた時間」だと思う。

と書きました。
これは今も変わることはありません。

恐らく、アインシュタイン博士と同じ知能指数の人は、他にも存在したでしょう。
でも、他の人は相対性理論を考えつかなかった。
それは何故かという答えは、彼自身の
「わたしは天才ではありません。ただ、人より長くひとつのこととつき合ってきただけです。」
という言葉にあると思います。

私が書いた「知能指数×それに対して考えていた時間」を例とすると、
アインシュタイン博士の知能指数は173とされています。
彼の生涯を76年として、彼と全く同じ知能指数をもち、同じだけ生きた人(Xさん)を想定すると
アインシュタイン博士とXさんの得た思考値=IQ173×76Year=13148 IQY

A,B,C,D,Eと考えることがあった時に、
アインシュタイン博士は
Aに2000 IQY Bに2000 IQY Cに2000 IQY Dに2000 IQY Eに5148 IQY 使い
Xさんは
Aに2500 IQY Bに2500 IQY Cに2500 IQY Dに2500 IQY Eに3148IQY 使ったとすると
やはり、Xさんには相対性理論は考えつかなかったでしょう。

平均とされる知能指数100の方が同じ76年生きていたとすると、100×76=7600 IQY
同じくA,B,C,D,Eと考えることがあったとして
Aに3600 IQY Bに1000 IQY Cに1000 IQY Dに1000 IQY Eに1000 IQY
使ったとすれば、他の全てがアインシュタインよりも思考の次元は低いとしても
Aだけは、アインシュタインよりも深い次元で考え得ることが可能だということです。

そうした意味で、年の差はある程度成立しますし、覆されることもあります。

全ては何について、どれだけ考えたかということだと思います。


私の知能指数は、130〜140です。
市販のテストで過去にやった結果が、140と145。
以前TVでやっていたテストの結果が131(石坂浩二と同じで大ショック。。。)
テストや体調によって、結果は変動するらしいですが、±5とすると、おおむねこの範囲でしょう。

MENSA(IQ 148以上の人が入会可)に入ることはできませんが、
全体の中では2%程度しかいないという微妙な位置にあります。
100人いれば2人程度ということです。
なかなか、深く巡り会う機会はありません。

故に、自分は天才だと小さい頃は勘違いして生きておりました。
やればなんでも出来ると思っておりました。

しかし、徐々にそうではないらしいと分かり始め、天才の意味を実感し
自分が天才ではないことを自覚しました。


私が見る限り、そうした人々に分かっていると勘違いしている人が多いと感じます。
IQ120〜140の若者にそういった人が多いです。
(私がそう感じるだけで、正確な数字は分かりません。
ただ、自分の言っている論理が破綻していたり、いい加減なのにそれに気づかず
もしくは、こちらが気づいていないと思って口先だけのへりくつで
片をつけようとしている人を見ると、そう思います。)

IQ120以上人間は7%程度しかいないということで、
自分と同じ次元の子と接することが少なかったのでしょう。
歴史に名が残る様な天才達の偉業も周りが「すごい」とか言っている為に、
そうだと認識し理解はする。
でも、実感することはない為に自分がてっぺんにいる気になる。
そして、人の言うことに耳を貸さない。

やればできるのです。
周りと比べて満足するのではなく、自分の力を全て活かす様に動いて欲しい。
もったいないですし、それをすればつまらないと思うことは少なくなるでしょう。
自分の色眼鏡を外してみた世界は、全てがもっと美しく、驚きという輝きに満ちています。

楽しい。

勘違いしたまま年をとるのは悲惨です。
本人にとっても周囲にとっても、非常に大きな損失です。

みんなが、天才になる必要はないのです。
また、知能指数が高いからといって、万能ではありません。
得意なこと、不得意なことがあります。
適材適所。

全ての人がいて、世界は成り立っています。

全ての人が必要なのです。
自分が何に適するのか、それが分かることが全体が幸せとなる早道だと思います。

その為には、正しい自己の認識と、自分以外の存在をあるがままに理解しようとすることが必要です。

その気づきとなれば、ひとまずそういうつもりでつけています。

この歳の人間が考えています。



28号となっているのは、今日だけ特別です。

由来は、なっちょこ嬢のこの記事のコメント欄をご参照下さい。

「鉄人28号」の称号をただいま、お借りしております。
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by 98765421 | 2004-08-05 04:47 | 風呂ぐっ!!b


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